だからって終わってるわけじゃない

アラフォー、バツイチ、ヒキニート、だからって終わってるわけじゃない・・からツライのかもしんないけど

沖縄編15 ー他人のちんすこうー

 

おい

 

おいっ

 

なんで私はこんな所まできて他人のちんすこうをみている?!

 

 

いい旅夢気分に浸っていたら、虹の斧で頭カチ割られた。 

目の前の棚を蹴倒したい衝動にかられるが、もう一人の自分の声がそれをとめる。

 

「落ち着け、これは芸術。アートよ!ヴィーナスの誕生を思い出して!」

 

あれは絵だし、隠すとこ隠してる。

 

ダヴィデ像なんてどうよ!もろポロリ!しかも立体だかんね!!」

 

神がかったマッチョのイケメンだよ、ミケランジェロだし。いやすごい人が作ったからどうとかじゃなく、心の準備できてなかったから

 

「そんなに騒ぐようなモノ?!尻もちんすこうも生活よ。生活こそアートじゃない!」

 

だけどダヴィデ像には顔があり腕もある。あれがちんすこう単品でコロンと置かれて御覧なさいよ。誰だって「だから何?!」ってなるでしょが

 

「トルソ!トルソの美学ってやつ?!そっち系ですから!!頭や手足をそぎ落とした胴体部分だけの彫刻をトルソって言うらしいけど、そぎ落としてそぎ落として、落とした方にフォーカスあてちゃっただけなのよ。たまたま」

 

タマだけに?へっくだらない。それを言うなら、この棚が額縁でのってる写真が作者自身を表すモザイク画ってことではないの?できることなら別の場所でモザイク使って欲しかったけどね。

 

「1つ1つを凝視してはダメ。全体でアートを感じるの。」

 

うーーーーーん

 

 

 

しかし、ちんすこう・・

 

これは作者からの挑戦状なのだ。ちんすこうごときでなんだかんだ言うくらいならアートを語るに値しないと、フルーツポンチを逆から言わせて喜んでいる小学男子と同じレベルだと、認めることになる。

 

っていうか「ツールフ」て何?

 

「チン〇」いわせたいがために後半、意味不明になってるじゃん。それとも私が知らないだけでちんすこうには時々「ツールフ」という現象が起きてるの?足がつるみたいな感じで「あっいま、チン〇ツールフだわ」って感じで・・私はその場を離れた。

 

アートがどうこうよりも「朝っぱらから他人のちんすこうなど見たくはない」という気持ちが勝ってしまったのだ。 

  

敗北感に包まれながら中庭に出る。

 

 

 

ビルの足場のおばけみたいなモニュメントが立っていて、小鳥の遊び場になっていた。

 台湾あたりから来たと思われる家族が、しきりと写真をとっている。

 

(私も順調に結婚生活が続いていたら、あんな風に家族旅行なんかしてたんだろうか?)

 

幸せそうな家族を見るたびに、あったかもしれない未来と重ね複雑な気分になる。

 

出口近くに伝統的な沖縄の民家があり、裏庭にシーサーの石像(おそらく実物大)がいた。隣に回って写真をとる。

 

 

 

(・・メスかしらオスかしら)

 

 

 

地面に膝をつき、かがみ込む私に突き刺さる視線。さっきの台湾家族がすぐ近くにいた。

 

男の子が何か問いたげな視線を送ってくるので、私は「あっもうこんな時間!いっけなーい」という顔をして出口に向かう。台湾家族に

 

この石像の前では膝をついて祈りを捧げなくてはならない。

 

という間違った情報が焼き付いてないといいが