だからって終わってるわけじゃない

アラフォー、バツイチ、ヒキニート、だからって終わってるわけじゃない・・からツライのかもしんないけど

沖縄編8 ―キレた聖女―

 

4時半に目が覚めた。

 

寝心地の良いベッド、静かなホテル、移動の疲れ、眠り薬。

全てを跳ね除けての4時間睡眠。

 

 

「どういうことだよ」

 

 

自分に文句を言いつつ、起きてしまったものはしょうがない。

きのうの残りを食べながらテレビのスイッチを押した。

画面にはライブハウスで女性が歌っている姿が映し出される。

 

(沖縄のJuJuみたいな感じなのかな。) 

 

若い男性をゲストにバンドの生演奏で歌う女性。

よくよく歌詞を聞いてると神がどうとか、聖書がこうとか

キリスト教関係のライブのようであった。

 

若い人がさりげなく聖書の一説を紹介する映像というのは、私の地元ではまずお目にかかれない。早朝とはいえテレビでやるってことは、クリスチャンが多いのだろうか、宗教の話を特別視しない南国の寛容さの表れにも見え、生活の一部として受け入れられている余裕が感じられた。

 

女性の歌声を聞きながら、過去の旅行を思い出す。

 

同行者のいる旅は出発前から大変だった。宿の手配から行程まで全て一人で請け負い、一緒に行く人の予算・都合・好みを考え旅行雑誌を熟読、スケジュールを組んではみんなの意見を聞いて微調整を繰り返す。雨に降られたり、渋滞に巻き込まれたり不意のプラン変更にも対応できるよう予備の案もいくつか用意しておいた。

 

親と親戚とで金沢に行ったときには特に張り切った。行きたい場所があったのだ。20世紀美術館。展示が凝っていると話題だったし、今後来れる機会もないだろう。出発前からみんなに話していたが、共感を得ることができなかった。

 

私は作戦を変え、特に美術館行きを渋っている母と叔母にお土産タイムを提供する。さらにお土産のカニが入った発砲スチロールを抱え、市場と駐車場を往復した。

 

そのかいあって車は美術館に向かった。建物が見えてくると気持ちが高まる、入り口付近には学生らしき若人がいくつもの塊を作って談笑していた。

 

「混んでるな」

 

途端にみんなの気持ちが萎えてしまい、車は美術館を素通り。そのまま次の観光スポットへと走り出した。

 

 

報われない努力よ。

 

 

思えば料理がいまいち・空調がうるさいなど文句を言われることはあっても、感謝の一言ももらったことがないではないか。

 

 

みんなが楽しんでくれさえすればいい。

みんなの笑顔が私へのご褒美だから。

 

 

なんて聖女みたいな考えの持ち主だったらよかったのに、私は(あれだけやったんだよ?1つくらい私の要望、聞いてくれてもいいんじゃないの?)と心の中で叫んでいた。

 

 

 

だけどこの旅に同行者はいない。

 

誰にも気兼ねすることなくやりたいようにやれる、私は極端な計画を立てた。

 

滞在期間の大半を1つの場所で過ごすのだ。スパでもビーチでもない国際通りにあるビルの1室で。

 

睡眠不足の私はちょっとだけ、宿題を溜めてしまった小学生の気分を抱えながら身支度を済ませる。

 

(まぁ疲れたらホテルに戻ればいいんだし)

 

バッグにお笑いライブのチケットが入っているのを確認して、部屋の扉を閉めた。