だからって終わってるわけじゃない

アラフォー、バツイチ、ヒキニート、だからって終わってるわけじゃない・・からツライのかもしんないけど

全部親のせい

私と口論になった際、母が必ずため息交じりに口にする

 

 

 

「育て方を間違った。甘やかしすぎたんだ」

 

 

 

という言葉に私は120%賛同する。

 

借家であったが比較的広い庭付き1戸建てで犬や猫と共に育ち、3歳の誕生日には電動バイクを買ってもらった。習い事は好きなことをやらせてもらえたし、辞める時は・・ひと悶着あったが強制されることはなかった。

 

欲しい物は何でも与えられて育ったように思われるが、全く与えてもらえなかったものもある。

 

 

 

褒め言葉だ。

 

 

 

父は仕事が忙しく、子育ては母の役割だった。母は内職やパートをしながら私達兄妹の面倒をしっかりみてくれた。本当に感謝しているし、今の私が同じことをしようとしても到底できないだろう。しかし、”指示されたこと”一般的に”良いとされていること”をしても褒められたという記憶が一切ないのだ。

 

私は家事を手伝わない子だった。母は完璧主義であったから、不器用な私が台所に立つことを嫌ったし、私もやってもやらなくても怒られるのだったら、やらない方がいいと思っていた。

 

友達が泊まりに来た時、テーブルにいそいそとおかずを並べる母をよそにテレビを前にふんぞり返る私を見て、友達は驚いていた。

 

そんな”お嬢様扱い”を受けていながら、私はいつも不満を抱えていた。成績は上の下、しかし優秀な兄には決してかなわない、明るい反面小さなことにくよくよして落ち込む性格は、快活な幼馴染みと比べられ

 

「かわいくない、あの子のように笑っていればいいのに」

 

といつも叱咤された。しっかり者の母からしてみたらもどかしかったのだろう。

 

何をしても認めてもらえない家とは違い、幼馴染みの家は天国だった。両親はとても明るく笑いが絶えない。ケンカがあれば自分の家の子・他所の家の子を区別することなく、双方から理由を聞いて叱ってくれた。家族旅行にはいつも私を連れて行く。大人に忠実な私は、やんちゃな子供たちのお目付け役をよく任されていた。

 

幼馴染みの両親は「なんでもいい」が口癖だった私に「何をしたい?」「何が食べたい?」と辛抱強く尋ねてくれた。その時私は、本当に自分が何をしたいのか、何が食べたいのかわからないことに気が付いた。

 

大好きだった幼馴染み家族との日々も、幼馴染みの両親の離婚という形で突然終わりを告げる。外からは理想的な家庭にみえても、本人達にしかわからない問題があったのだろう。幼馴染みは母親を失った寂しさから、私の家に入り浸るようになった。

 

母は明るく快活でお手伝いも上手にこなす幼馴染みを歓迎し、私もそんな風になるよう努力しなさいと言った。しかし私は幼馴染みが頻繁にいたずら電話をかけたり、家の物をたびたび持ち帰っていることを知っていたので、内心ふざけんじゃねぇと思っていた。何年か後に、幼馴染みのお母さんに会った時言われた。

 

「あなたのお母さんが言ってたよ。真面目な家族にカノのような子がいてくれてよかった家の中が明るくなるって」

 

私はそれを聞いてもちっとも嬉しくなかった。母が認めていたのは家族の中に居場所をみつけるために作り上げた”明るいキャラの私”だったからだ。

 

心理学では社会に馴染めない・他人に心を開けない人間になってしまった原因として、親の影響をあげている。無関心・過干渉が子供に不安を与え、自分の居場所を確保するために子供は親の望む人間を演じるようになるというのだ。そうして本当の自分というものが何なのかわからなくなってしまう。

 

大人になっても世間に合わせることでしか、自分の価値を見いだせない。しかし世間は理不尽で、あっちで正しいとされることがこっちで間違っている場合が往々にしてあるのだ。その度に翻弄され疲弊し、最後には限界がきて「もう無理」と社会との繋がり自ら絶ってしまう。

 

 

 

 

「(親が)育て方を間違った」

 

 

 

確かにそうだ。しかし、もういい大人である。いつまでも「私がこんなんなったのはお母さんのせいよ」などと言っていても埒があかない。ここからは自分でなんとかしよう。

 

世間ではいい加減でヘラヘラしているヤツが愛されたりしている。嘘がないからだ。まずは嘘をつかないことから初めることにした。

 

私が試したのは、親しい人に苦情を伝えることだ。

 

女子会で言われた一言にモヤモヤして次に会う気がおきない。友達は理由がわからず誘ってくる。いつもなら不満を飲み込んで笑顔で再会するところだが、相手に「あの時のあなたの言葉が気になってモヤモヤしている」と告げてみたのだ。

 

長年の友情を失うかもしれないという不安はあったが、これ以上自分を取り繕って生きるのはまっぴらだった。友達は自分の不用意な一言で傷つけたことを謝ってくれ、話したことを感謝さえしてくれた。

 

男友達にも「クソセクハラ上司みたいなくだらない下ネタはやめて欲しい」と丁重にお願いした。最初は憤慨していたが「本音が聞けてよかった」と言ってくれた。まだ怒っているようだが、これで関係が切れたとして私に後悔はない。

 

母にも少しづつ試している。長年の経験上、どんな反応が返ってくるかわかっているだけに難しかった。ヒステリックに怒り、自分の立場を弁えろと言う。出戻り・ヒキニートがこの年になって親の世話になりながら、苦情を伝えるのはかなり勇気がいることだ。しかし自立のため、ひいてはお互いの幸せのためだと自分に言い聞かせ実践している。

 

結果、母は私の郵便物を勝手に開けなくなったし、勝手に私の部屋に入ることもなくなった。私も母のいない隙を狙って家事をするようにしている。効果はでている。

 

母に「早く孫の面倒が見たい」と言われた時「子供の性格が捻くれるから嫌だ。どうせ私の時のようにけなしてばっかりなんでしょ」と返したら

 

 

 

 

 

「今度は頑張る」

 

 

 

 

 

と意気込みをみせてきた。内心複雑だが私も同じ意見だ。信じるとしよう。

   
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