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だからって終わってるわけじゃない

アラフォー、バツイチ、ヒキニート、だからって終わってるわけじゃない・・からツライのかもしんないけど

あいうえおのお友達

過去

小学生の頃、Hちゃんという友達ができた。当時の私は、明るく・ひょうきんなうえ人望を兼ね備えており、早くも人生の黄金期の中にいた。大人しくきちんとしているHちゃんとでは一見共通点はなさそうだったが、班が一緒になり話してみるととても気が合うことがわかった。

二人で前日みたテレビの話題で盛り上がったり、ドッチボールで目立たずにコートを去るベストのタイミングはいつかを、真剣に話し合ったりもした。

 

ある時、当時放送していた教育番組の話になった。冒頭に流れるテーマソングが好きだと言うと、Hちゃんも前から思っていたと頷いた。それから休み時間になるたび、廊下や教室の隅で歌うようになった。

 

あいうえお

あ アシカの赤ちゃん 雨の中 赤い雨傘 甘えんぼ

い イチゴ畑の 一年生 石ころいっこ コロッコロ

う 宇宙の海で 運動会・・

 

と、50音の最初の行「あいうえお」にかけた単語をこ気味良いリズムで繋げている。中盤「う」のあたりからテンポアップし、最後「お」で伸びやかに歌い上げる素晴らしい楽曲だ。しかしこの歌詞、母音が頭につく単語を上手に使っているようで、よくよく考えると無茶苦茶である。

例えば「あ」のくだりでアシカの赤ちゃんが出てくる、どうやら雨が降っているようだ。ああ、アシカの赤ちゃんは赤い傘をさしたんだなと思った矢先、唐突にアシカの赤ちゃんの性格を断じて終了。赤ちゃんだから甘えんぼなのか、だとしたら「甘えんぼのアシカの赤ちゃん」にすべきだし、赤い傘をさしたから甘えんぼというのなら、赤い傘をさす人全員が「甘えんぼ」ということになる。

「い」のくだりはもっとヒドい。「イチゴ畑の一年生」はわかる。すぐに状況が飲み込める。イチゴ畑に一年生がいるんだな、遠足かな?石ころ一個あったんだね。どうするの?「コロッコロ」

 

 

 

 

 

 

 

泣いてしまうわ!!

 

 

 

 

 

 

イチゴ畑に来た一年生が石ころ一個コロッコロしてたら私は泣く、イチゴを摘みなよと、誰か声かけてあげなよと

 

こうしたツッコミどころもあいまって、私達はこの歌に熱中していった。席替えで席が離れても、休み時間には集まってハモってみたり、どれだけ早く歌い終えることができるか競争したりした。

 

 ある時、いつものように二人で歌っているとチャイムが鳴って休み時間の終わりを告げた。だらだらと席に戻るクラスメイト達、先生が来るまでにはまだ少し時間がある。私はHちゃんに

 

「席に戻ったら、あいうえおの歌うたいきってから座るのね」

 

と勝手にルールを提示した。

 

「わかった。」

 

すぐに了承するHちゃん、私達は机に向かってダッシュする。そして自分の席に到着すると、早口であいうえおの歌を歌い出した。周りには聞こえないように小声で。私が「い」のくだりに入った辺りで先生が入ってきた。(まずい)みんな慌てて席につく。立っているのは私とHちゃんを含め数人だ。これ以上ぶつぶつ言いながら立っているのは不自然だ。みんな席についた。周りの人達が不思議そうにこっちを見始める。

 

(もうダメだ、ゴメン)

 

視線に耐え切れず、私は歌の途中で座ってしまった。顔を上げると、自分の席の前で俯いたまま立っているHちゃんがいる。先生が教壇についた。Hちゃんの唇は微かに動いている。(まだ歌ってるんだ!)先生がHちゃんに気づき何か言いかけた直後、Hちゃんがすばやく椅子をひいて着席した。

 

 

 

 

(Hちゃ~~~~~ん!!!!)

 

 

 

ヘタレな私とは違い、Hちゃんはくだらないルールを守ってくれたのだ。最後まで歌ったかどうかなど、誰にもわからないというのに。その瞬間から私の中で、Hちゃんは英雄になった。

 

それから数十年たった今、Hちゃんは結婚して愛する旦那様と二人幸せな生活を送っているらしい。

 

 

今度の女子会では「あいうえおの歌」の話をしてみよう。また一緒に歌ってくれるだろうか。

 
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