だからって終わってるわけじゃない

アラフォー、バツイチ、ヒキニート、だからって終わってるわけじゃない・・からツライのかもしんないけど

沖縄編6 ー無感動観光ー

 

ビーチは空いていた。

 

私の他にはカップルが1組と観光客らしい人たちが数人、ぽつんぽつんと歩いているだけだった。日傘を差し、砂浜に足を踏み入れる。

 

(ようやく来たのね)

 

沖縄に来た目的の1つは海だ。絵にかいたような白い砂浜に青い海、それらを眺めながら何時間でもぼーっとしていたい。今の私にはなにより必要なことだ。

 

 

 

轟音がして見上げると頭のすぐ上を飛行機が飛び去っていく。

 

 

 

 

 

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あの飛行機の中にも私と同じように、妙なテンションでやけくそ気味に旅行を計画し、しかし当日、完全に他人に命を委ねる段になってみると急に命が惜しくなってパニックになりかけるが、それを伝える相手もいないので、ただただ座席にしがみつき歯を食いしばっている人がいるのだろうか。

 

 

 

(いないな)

 

 

視線を海に戻すとバサと日傘が裏返った。

 

風が強い。

 

優雅に浜辺を散歩しているつもりが、風にあおられ日傘と格闘、これでは台風中継のお天気キャスターだ。

 

一応レジャーシートも持って来てはいたが、寝転がり談笑しているカップルの横でシートを広げその間、風に煽られ逃げていく日傘を追いかけたりと1人おたおたしている自分の姿が浮かびやめておく。

 

反対側に首をめぐらすと大きな看板が目についた。

 

 

 

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(ハブなの?クラゲなの?)

 

 

ハブもクラゲもしょっちゅうでるから両方を略して呼ぶのが沖縄流なのだろうか。もしくはハブクラゲという名の生物がいてそいつがとても危険だと?その場合どっちの成分が多めなの?ヘビよりなら砂に潜んでクラゲのように刺してくるとか、クラゲよりなら海の中で待ち受けてハブ並みの毒で攻撃してくるとか、ご周知のハブクラゲみたいに書いているけど本州からきた人間にはピンとこない、字面で想像が膨らんで恐怖ばかりが増していく。

 

警戒しながら波打ち際まで歩いた。

 

 

 

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・・謎の漂着物

 

(ワカメなの?昆布なの?)

不気味な茶緑の球体は、海と浜の境界線をしめすように、ゆらゆらと波打ち際を漂い来た者の入水を阻む。

 

ワカコンブめ。

 

波と戯れる気を失くした私は、日傘と格闘しながら波打ち際を歩いた。石造りの展望台。近くに石碑がある。読んでみると・・

 

 

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少し前の映画のワンシーンを撮影した場所。私にとっては、見たことない映画の見てないシーンを撮影したことを示す石。

 

「そっか、そっかぁ・・・」 

 

独り言ちながら静かにその場を離れた。

滞在時間15分。日傘をたたみ車に戻る。

沖縄編5 ー心を開いてー

レンタカー会社に着くと運転手さんがドアを開け、荷物を降ろしてくれる。

 

「はーい、どうぞ~」

 

その声はとても優しく、お客を無視するような人の「はーい、どうぞ~」ではない。きっと私の挨拶が聞こえなかっただけなのだ。あの後、何も気にせず話しかけていたなら楽しい時間が過ごせたかもしれない。意固地になっていた自分を反省する。

 

(そうだせっかく沖縄に来たのだ、もっと心を開いて楽しまなくちゃ。)

 

息を吐き、受付に向かう。 

 

受付は若い男性だった。日焼けした肌にゴツゴツとした体格、いかにも沖縄の青年といった風体である。青年のさわやかな笑顔に安堵し、書類に必要事項を記入していく。最後に車体のキズをチェックして欲しいと言われ外に出た。車の周りを回りながら、紙に印刷された車のイラストに印をつけていくのだがその車。

 

 

 

 

 

 

 

角という角、突起という突起すべてにキズがついていた。

 

 

 

 

 

もやもやしながらも、青年が見落としたキズを指摘すると

 

「おっ、いいですね~」

 

褒められる。

 

「えへへっ」

 

(なにを喜んでる?!これではいくら印をつけたとて無意味じゃない!)心の中で叫ぶもう一人の自分とせめぎあいながら、運転席のドアを開ける。

 

禁煙車のはずなのに、シートにはタバコの灰を落としてできたであろう穴がいくつもあった。

 

(これはあれかな、安く貸して返却時に難癖をつけ法外な金額を請求するぼったくり的なやつかな)

 

つのる不信感を押しとどめ運転席に座る。青年がナビを指す。

 

「どちらへ行かれるんですか?」

 

「えーっと、とりあえず海へ」

 

「そこだと・・」

 

窓から身を乗り入れ操作する青年。音量が最小になっていて、画面も暗い。私は直観的に、前回利用した人がナビを放棄したのだと感じた。

 

それもそのはずナビは見るからに年代物で、設定を戻しても動きが鈍く目的地が出てこない。青年は、私が迷わないよう海からまっすぐの施設にゴールを設定してくれた。

 

(親切。こんな人がぼったくりとかするわけない、でもぼったくりバーも客引きの時は優しいはずだ・・)

 

揺れ動く乙女心。

 

心を開いて楽しむのよ。自分に言い聞かせシートベルトをした。青年が何気なく言う。

 

「1人で沖縄きたんすか?」

 

「?・・はい、1人で来ました。」

 

「すごいっすね」

 

 

 

 

 

すごいのか。

 

 

 

自覚はなかったけど私、すごいことをしていたらしい。毎日観光客を相手にしているであろう、レンタカー会社の受付の青年が言っているのだ間違いない。

 

(私って、すごい)

 

えへっと照れ笑いを残し車を発進。

キズだらけのワゴンRで海へ向かった。空港までの車内では暖房を使っていたのに、こっちではクーラーをつけないとうっすら汗ばんでくる。

 

5分ほど車を走らせると目的地到着。車を停め、とりあえず自販機でさんぴん茶を買って一休みした。

 

(・・さーてと)

 

いざという時の証拠用に、私は携帯で穴の開いたシートの写真を撮る。

沖縄編4 ー一番安いところー

「うえええええ」音・及び胃の内容物をひとかけららも放出することなく無事、沖縄に着陸。

 

荷物を引きずって外に出ると、むっとした空気が数百キロ南下してきたことを教えてくれる。

 

レンタカー乗り場へ向かう。

 

沖縄独特のルールかは知らないが、レンタカー会社に"空港前店"とついていても実際は車で十数分かかるところがほとんどで、予約の際便名を伝え車のあるところまで送迎してもらうシステムになっている。私はネットで一番安いところを予約していた。

 

すでに何台もの送迎バスが停まっており、夏空の下ピシとスーツできめた人たちが到着したばかりの予約客を笑顔で誘導している。

 

人の間をすすんでいくと、混みあう道の真ん中にぽっかりと空いたスぺースが見えた。アロハを着た強面のおじさんが退屈そうに座っている。フリーマーケットで、売る気のないオブジェを出しているようなたたずまい。

 

(違うよね違うよね違うよね・・)

 

祈るような気持ちで近づいていくと、まさかというかやはりというか私が予約した会社の人だった。

 

声をかけ名前を記入すると、少し待つように言われる。

 

周りはどんどん人が来るのに、この会社を利用しているのは私だけのようだった。不安になってくる。

 

「誰も来ないね、じゃ行きましょか」

 

おじさんがどこかに連絡すると、会社のロゴの入った立派なバスの間に、素のままのオンボロハイエースが滑り込んできた。

 

(乗らない・・わけには行かないんだろうな)

 

全体的なうさん臭さに警戒心が高まっていく。いざという時、攻撃しやすいよう私は運転席の真後ろに座った。南国とはいえ同じ日本、このままかどかわされるなんてことはないだろう。それに他にお客がいないということは手続きも早く済むし、混むとこよりも対応は丁寧かもしれない。運転手さんと話が弾んで、地元の人しか知らないおいしい沖縄料理の店を教えてもらえたりして。自分を励まし明るく挨拶する。

 

「お願いしまーす」

 

「・・・」

 

無視か。時折バックミラー越しに目が合うが、一度スルーされている身でこちらから尻尾を振るようなマネはしたくない。

 

そこから20分、無言のドライブが続いた。

沖縄編3 ーヒトリダンスー

機内ラジオ、女性DJが流れるように曲を紹介していく。

 

「続いては、ワンボーカルツーMCの4人組・・」

 

ワンボーカルツーMC・・1人が歌って2人がMC・・MC2人もいる?掛け合い的なこと?にしても4人のうち2人て、メンバーの半分がおしゃべり担当だよ。それで歌なりたつ?エグザイルみたいなツーボーカル他ダンス、みたいのはわかるけど・・ワンボーカルツーMCて

 

 

 

 

 

 

あと1人は?!

 

 

完全にあと1人の役割説明抜けてるでしょ。まさかのダンス?!1人ダンスは寂しいよ~。1人歌って2人おしゃべりしてるのに端で1人踊らされるわけ?なんの罰ゲームだよ!1人は無理だよ1人は・・・あっ私も1人だった。

 

我に返ったらトイレに行きたくなった。

 

飛行機に乗っていると、当然だが常にエンジン音にさらされている。数時間続くと慣れてきて、雑音やガタガタ音がしているのが普通になってしまった。油断していると他の人がいることを忘れ、特大のオナラをしてしまいそうだ。

 

席を立とうとして少し考える。1人旅でトイレに行く場合、みんな荷物はどうしてるのだろう?新幹線なら貴重品だけ持ってたつだろう。トイレ内にバッグをかける場所もあった気がする。しかし、飛行機のトイレにバッグ・・持っていく人を見たことがない。万一席を離れている間、貴重品を盗まれるという事態が発生したとして、犯人はパラシュートで空中に飛び出さない限り逃げ場がない。完全な密室状態がみんなの気を緩めているのだろうか?しかし盗られてしまっては面倒だ。フライトプランのジョディフォスターのように、騒いで乗客全員を敵に回したくはない。

 

私はバッグの底に財布とケータイを押し込み、周囲に気づかれないよう前の座席の下に押し込んだ。これで時間は稼げる。盗もうとする輩が現れても取り出すのに手間取っているところを、戻った私に見つかるだろう。

 

こうして人は1人で生きていく術を身に着けていくのだな。

 

感慨にふけりながらトイレへ。

ちょうど中年男性が出てきたところだった。中の狭さに驚く。ここでアメリカ人はセックスしたり人を殺めたりしているのかぁ・・大変だな。今まで見た映画の場面が浮かんでは消える。

 

便座は低かった。ズボンのボタンをはずしながらコケないようにそろそろと近づいていくと、便座の下に水滴が・・

 

 

 

 

 

立ちションしたの?!

 

 

 

 

狭くてガタガタ揺れる飛行機のトイレで、低めの便座に向って放尿。カーリング程の難易度!ちょっとした賭けでしょ?!移動でスリルを味わおうとするな。旅先で楽しいこといっぱい待ってるでしょうに、この欲張りが。

 

水滴を避けながら用を足した。

 

頭に溢れる言葉とは裏腹に、これまで発した言葉はリクライニングを倒す際に後ろの人に言った「あっ、いいですか?」の一言だけである。

沖縄編2 ー機上の空論ー

とにかく前回と同じ轍を踏むのだけは避けたい。

 

朝食をしっかり食べ、バックには酔い止め。小腹が空いた時用のパンも買っておいた。今回は一人、エチケット袋を開いて口にあててくれる人はいない。有事に備えビニール袋をすぐに取り出せる場所に置いておく。

 

これで安心。

 

リクライニングを倒すため、後ろの人に断りをいれると「はーい」と若い女性が快くうなずいてくれた。倒そうとすると「あっでも子供いるんでけっちゃうかも」全然大丈夫ですと答え、予定よりずっと控えめにシートを傾けた。

 

ふと窓の外をみたらピンと伸びた飛行機の羽根が見える。

 

ダッダッダーッダ、ダッダッダッ

 

頭の中で音楽がなりだした。

トムクルーズが飛び立とうとしている飛行機にしがみつく映画・・。なんてったっけ?あれやる方もドキドキだけど、飛行機から見てる側もドキドキだよね「えっ何?遅れたの?次の便じゃだめなわけ?うわっドアに手かけてる絶対開けるじゃんこの人~やだ~!!」みたいな。・・ダイハード2じゃ嫁が乗った飛行機が着陸できなくなって、夫のブルースウィルスがテロリストと戦ってたっけ。空港でもめ事やめてほしいよ。でもブルースのがんばりで飛行機、無事着陸したし。・・あ、私いま独身だ。助けてくれる夫、いないな。

 

飛行機が離陸体制に入り、速度を上げた。

 

腰のベルトを確認し、ひじ掛けを掴む。後ろの子供が私の座席を蹴ってきた。斜め後ろから父親らしき人のあやす声が聞こえる。

 

ダッダッダーッダ、ダッダッダッ

 

24じゃ女スナイパーが飛行機のドアを爆破した。ファイナルデスティネーションでは修学旅行の飛行機が離陸直後に爆発、エアフォースワンではゲイリーオールドマンが銃を持って乗り込んできたし、サミュエル・L.ジャクソンの映画では飛行機にヘビが大発生・・

 

死ぬ、絶対死ぬ!!

 

突然の確信。バツイチでアラフォーで、職なしのくせに離婚の記念に新婚旅行で行った沖縄行っちゃうようなやつは真っ先に死ぬ!私が神でどうしても誰かを地獄に落とさなきゃってなったらとりあえず私を選ぶ!!

 

パニックに陥りかけた時、後ろの席から赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた。後ろに座っている幸せ家族も、飛行機が落ちたら私と同じ運命を辿るんだ。

 

 

 

空って残酷なくらい平等だな。

 

 

思ったら不思議と気持ちが落ち着いた。何か出てきたら後ろの家族をかばって死のう。「あの方は最期まで勇敢でした。」後ろの家族が私の葬式で言うんだろうな。「そういう子なんです」母親は私の遺影を見上げて涙する。

 

気が付けば飛行機は空の上、頭の中の音楽は消えていた。

相変わらず座席をガンガン蹴られながら、私はベルトを外し機内ラジオを聞くためイヤホンを耳に刺す。

沖縄編 1 ーカラモドシー

(うおおおおおおぉぉぉ死ぬ!死ぬコレ絶っ対、死ぬ!!)

 

私は体を硬直させ歯を食いしばる、まるでそうすることが助かる唯一の手段だと信じているかのように、飛行機の座席と一体化していた。

 

頭の中には数年前の出来事が再生される。

 

冬の沖縄に友達と二人、1泊2日の旅行に行った時のことだ。

 

「早い便だから、朝食は向こうで食べようよ」

 

少しでも沖縄を満喫したかった私の提案を、友達は快諾してくれた。

機内では飲み物が無料だということに感動、空腹を紛らすためリンゴジュースをがぶ飲みした。写真をとったり友達と話したりしてるうちに時間は過ぎ、濃紺の海原の向こうに陸地が見えてきた。空港を目前に飛行機は大きく旋回する。

 

(着いた)

 

初めての飛行機、初めての沖縄。こみ上げるものがあった。飛行機は着陸し、砂利道を走るワゴン車のようにガタガタと機体が揺らす。私は思い切って言った。

 

「・・やばいかもしんない」

 

「えっなにが?」

 

窓の外を眺めていた友達が、振り返って仰天する。

 

「ちょっと大丈夫?!顔真っ白だよ!」

 

「気持ち悪いの」

 

旅行で浮かれていたがよくよく考えれば私、元から胃が弱い上に乗り物酔いするたちだった。なのに、朝食も取らず酔い止めも飲まずに飛行機に乗ってしまうとは・・後悔してももう遅い。

 

それから地獄の時間が始まる。「やばい」を繰り返す私と慌てふためく友達、機体は揺れ続け、胃の中では胃液とリンゴジュースのカクテルができつつあった。

 

「外!外見てみ!沖縄だよ!!」

 

友達の声になんとか首を向けると、上下に揺れる窓枠の中、高速で過ぎ去る木・木・隙間・木・隙間・木・・・

 

「もうダメ、ふくろ~!!」

 

慌てて友達がエチケット袋を取り出し、口に当ててくれる。そうしている間に飛行機は速度を緩め、機体の揺れるガタガタ音は止んでいた。しかし私の吐き気はノンストップ。飛行機が止まると同時に

 

 

 

 

「うええええええええ」

 

 

 

 

何もでなかった。何も食べていないのだから当然かもしれない。でもどうせこうなるならリンゴジュースくらい出したかった。大騒ぎしたすえの"からもどし"。吐く以上に恥ずかしい。

 

私の「うええええ」は到着アナウンスを待つ乗客達の耳にしっかり届いていたはずだったが、乗客はもとよりC.Aさん達までが知らないふり。それがせめてもの情けだったのだと思いたい。

 

私はエチケット袋をバッグにしまい、ふらつく足で飛行機を降りた。

骨注射 2

名前を呼ばれ入って行く。

 

看護師さんから細かい問診があり、その後レントゲン撮影。スタッフの方々の対応が丁寧で「ここなら」という期待が高まった。診察室に呼ばれる。70くらいの大柄な男性が椅子にふんぞり返っていた。

 

 

 

「腱鞘炎じゃねーの?!」

 

 

 

大声で言われとっさに返事ができない。

看護師さんにはさっきずいぶん詳しく話したし、再び最初から話すべきなのか迷っていると、医者が私の右手の中指をつかみひっくりかえすようにぐいぐい押し始めた。

 

「痛いか?どこが痛い?」

 

痛いというか驚きのほうがまさっている。私は説明したかった、確かに最初に痛みを感じたのは中指だが、いまは指を曲げた状態で手だけで作業をするときなどに痛みがでる、例えば瓶の蓋を開けようとするときとか、洗濯ばさみを開いて洗濯物を挟もうとするときなど・・頭を整理していると医者がさらに指をひっぱり「どこが痛いんだ?」と声を荒げる。

 

「痛くないです」事実なので仕方がない。・・でも、と事情を説明しようとすると

 

「イタタタタタタタタタ」

 

事前に看護師さんに ×印をつけられていた痛い場所を押された。顔をゆがめる私に気を良くしたのか、医者は反対の手にある印もむぎゅとつかむ。(なんなんだここは)最初の一言でやばい感じはしていたが、こんなにひどいところだとは思わなかった。

 

ようやく医者が手を放す。

 

「注射打つから」

 

注射と言えば腕か尻。脱ぐのか捲るのか看護師さんの指示を待っていると、デカい注射器のぶっとい針が親指の付け根に当てられる。えっえっと声を上げる間もなく針は皮膚を貫通しうすい肉の奥の骨に行きあたる。さらに上から押し込むように医者が注射液を注入。

 

肉の少ない手首近く、どこにこれだけの液体を収める空間があるのだと思っていたら案の定、4分の1ほど残したところで液が入らなくなった。

 

終わり・・かな?

 

涙目で医者を見上げると、医者は一気に残りの注射液を押し出した。

 

「あああああ」

 

あまりの痛さに呻き声が漏れる。針を抜いたら刺した場所からピューと噴水のように注射液がとびだした。なんのために無理矢理入れたの・・。なんだか笑いそうになる。衝撃の光景をなかったことにするように看護師さんが手際よくテープをはり

 

右手にも注射。

 

拒否することもできたろう。でもそんなことしたら医者が黙っていない。それに左をやったのに右をやらないのでは帳尻が合わないじゃないか。葛藤しているうちに針が食い込む。

 

30を過ぎてはじめて人前で号泣すると思った。

 

試合後の矢吹ジョーのように真っ白になってベッドに座っていると、看護師さんが優しく湿布を張ってくれた。「スタッフはいい人なんだけどな」思いながら兄に医者に行ったら聞いてこいと言われていたことを思い出した。残された力を振り絞って聞く「リウマチってことは・・」

 

「ない、そんなリウマチ見たことねー」一笑に付された。

 

 

親指が3倍になったような感覚がする。正直来た時よりも100倍痛い、看護師さんにバッグを腕にひっかけてもらい診察室を出ようとする。

 

「薬だすから来週きて、時間は・・」医者が次の診察について話している。診察は大雑把なのに診療時間については丁寧ね。なんなら診察で交わした言葉の6倍はしゃべってるよね。「・・ありがとうございました」荷物を抱え診察室を後にした。

 

それからその病院には近づきもしていない。幸い良い先生に行き当たり、いまは順調に回復に向かっているが

 

注射痕だけは数ヶ月たった今でもはっきりと残っている。